順みつきさん、宝塚OGの訃報【速報】

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2018年3月のまとめ
2018年2月のまとめ

今日、元宝塚トップスター・順みつき(じゅんみつき)さんの訃報を知りました。

ブログ読者の方からお知らせいただくまで、全く知りませんでした。

順みつきさんは、初演の『ベルサイユのばら』以降のいわゆる宝塚のベルばら黄金期と言われる時代に活躍されたスターさん。

『風と共に去りぬ』が宝塚の名作として、いまだ再演されているのは、順みつきさんも立役者の一人といっても良い生徒さんでした。

この記事では、順みつきさんの宝塚時代の活躍についてまとめていきます。




順みつきさんのプロフィール

順みつきさんは1966年、54期生として宝塚音楽学校に入学。

同期生には、現在も宝塚歌劇団で振り付け家として活躍されている尚すみれ(しょうすみれ)さん。

月組組長や専科生として、活躍された立ともみ(りつともみ)さん。

同じく専科で活躍され矢代鴻(やしろこう)さん。

トップ娘役として活躍、退団後は筑前琵琶奏者の上原まり(うえはらまり)さん。

受験スクール「TOP HAT」主宰のみさとけいさん。

管理人・すみれ子にとっても、本当に懐かしい時代のスターさんが、ここに書ききれないほどいらっしゃいます。

 順みつき(じゅんみつき)
宝塚音楽学校入学 1966年
宝塚歌劇団入団 1968年
入団期 54期
入団時席次 11番/59人中
初舞台 花組公演『マイ・アイドル』
出身地 兵庫県伊丹市
出身校 神戸塩原女子高等学校出身
身長 162cm
生年月日 1948年3月4日(没年2018年4月17日)
血液型 O型
芸名の由来 「順風満帆」から「順」をとった
愛称 ミッキー
家族
本名 光木 千枝子(みつき ちえこ)

※ 162cmで男役? しかもトップスター?と思われる若い宝塚ファンの方もいらっしゃるでしょう。

でも、ほぼ50年以上前は一般的に160cm超えは十分に高身長で、男役さんの基準も160cm以上という感覚がありました。




余談ですが・・・

170cmを超える生徒さんが生まれ始めたのは、1970年入団の麻美れい(あさみれい)さんぐらいからです。

順みつきさんの舞台略歴

1968年 『マイ・アイドル』 *初舞台公演
1969年7月7日 雪組に配属
1972年10月、 『落ち葉のしらべ』『ノバ・ボサ・ノバ』新人公演:次郎(本役:郷ちぐさ) *新人公演主演
1975年 星組に異動
1976年  『ベルサイユのばらIII』でオスカル役
 月組へ異動
 『バレンシアの熱い花』ラモン
1977年 『風と共に去りぬ』スカーレット
花組へ異動
松あきら(まつあきら)と共にダブルトップ
1982年 菊田一夫演劇賞受賞。
1983年 『霧深きエルベのほとり/オペラ・トロピカル』単独トップ
1983年8月1日 退団




『バレンシアの熱い花』

昨年(2017年)に宙組全国ツアー公演で再演された『バレンシアの熱い花』。

これまでにもたびたび再演していますが、この初演に順みつきさんは出演されていました。

フェルナンド 榛名 由梨(はるな ゆり)
ロドリーゴ 瀬戸内 美八(せとうち みや)
ラモン 順 みつき

『風と共に去りぬ』

また、宝塚で再演をされている名作の一つ、『風と共に去りぬ』の初演でもスカーレット役を務めて作品を成功へと導いた一人でもあります。




初演の『風と共に去りぬ』は今ならば何も問題に感じないことかもしれませんが、主演のレットバトラー役・榛名由梨さんがバトラーにふさわしく「ひげをつける」、いや宝塚にはふさわしくないから「ひげをつけない」と問題になった作品でもありました。

それまで宝塚のトップスターが「ひげをつける」などと言うことはありえなかったのです。

結果、榛名さんは「ひげをつける」ことでレット・バトラーを好演。

絶賛される作品となりました。

・・・と同時に、『風と共に去りぬ』で男役がスカーレットを演じることが、よりスカーレット像が明確であり、ふさわしいことを証明したのが、榛名由梨さんの相手役としてスカーレットを演じた順みつきさんでした。

この時の順みつきさんの好演は、『風と共に去りぬ』が宝塚の名作となったことへの貢献と言ってもいいかもしれませんね。

↓↓順みつきさんのさよなら公演




↓↓『霧深きエルベのほとり』

順みつきさんの訃報へのファンの声

順みつきさんの訃報に驚きと哀しみのつぶやきをされているファンはたくさんいらっしゃいますね。

↑上の写真を拝見していたら、『風と共に去りぬ』を観劇した時の記憶が戻ってきました。

榛名バトラーと順みつきスカーレット。

初演の成功をかけた、ドキドキしたものを感じたような気がします。




退団後は舞台を中心に活躍されていましたが、ドラマ『わが歌ヴギヴギ』!

ありましたね!

思い出しました!

リアルタイムで笠置シズ子さんは存じあげないものの(レコードで聴いたぐらい)、まさに「こういう人だったのだろうな・・・」と思う、順みつきさんの好演でした。




私世代の宝塚ファンにしてみれば、熱狂的にファンでなくとも「順みつき」という名前は忘れられません。

若い頃見た宝塚のフェアリーの一人として、いつまでも心の中に残る人。

その一人にもちろん順みつきさんがいます。

センチメンタルに当時を思い出し、順みつきさんの出演作品を振りかえってみたり・・・。

今、申し上げることができるのは

順みつきさん、たくさんの夢をありがとう!

その一言のみです。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

最後に・・・

全然、ニュースに気づかなかった私へ、訃報をお知らせくださった絀ブログ読者の方へお礼申し上げます。


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2018年3月のまとめ
2018年2月のまとめ

最後までお読みいただきありがとうございました。

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コメント

  1. ちはるCLUB より:

    岸香織さんが任田先生を「宝塚の郷ひろみ」って書いてたんですよー。

    何年か前にスカパー無料ディでスカイステージを見て、任田先生を見て「きっしゃんの嘘つきー!」と思いました。

    潮あかりさんは宇都宮でミュージカルスクールを経営していて、去年、私が持っていたLPレコードを貰って頂きました。

    潮姉妹が退団した頃に私自身も忙しくなり、第一次宝塚ファン時代が終わりました。

    潮あかりさんに「これからもずっと宝塚ファンでいて下さい」とお言葉を頂きました。

    私もそのつもりです。

  2. ちはるCLUB より:

    私が第一次ファン時代は、札幌に住む中学生だったので、舞台は年に1度来るか来ないかの地方公演とNHKの舞台中継だけでした。

    あとは原作を読んだり、プログラムの台本を読んだり、LPを買ったりでした。

    私は月組の潮はるかさんのファンだったので、月組のLPは何枚か持ってました。

    『マイラッキーチャンス』。ショーちゃんトップで2番手はルミさん。3番手がミッキーさん。

    芸名の由来は「順風満帆」の順と本名からは「父の気持ちを汲んで」だったと思います。

    何年も前に見た『徹子の部屋』が最後になってしまいました。

    • すみれ子 より:

      ちはるCLUB さん

      プログラムの台本ほ読む、LPを買う。
      当時のことを知らないファンには「何のこと?」かもしれませんね。

      今も脚本が掲載されていた昔のプログラムを持っていますが、友達と脚本を手に「宝塚ごっこ遊び」をしたのが懐かしいし、LPを聴きながら舞台の情景を想像するだけで、楽しかったですね。

      潮はるかさんは、まさに「歌える娘役」さん!
      ・・・で何気にちょっと調べたら、今は宝塚歌劇団衣装デザイナーの任田幾英さんの奥様とか。

      妹の潮あかりさんも歌うまですね。

      うーん、ちはるCLUB さんのコメントで懐かしい記憶が蘇ってきました。

      順みつきさんの記事だったのですが(^^;)、あの頃のジェンヌさんは私にとって永遠に心の中のフェアリーです。