宝塚歌劇の伝説のスターを生んだトップへの登竜門、新人公演とは?

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昨日は雪組公演『私立探偵ケイレブ・ハント』の新人公演でした。

新聞各紙がその評判を伝えていますね。

たくさんのスターを生んだトップスターへの登竜門といわれる新人公演は、宝塚歌劇団のみにある独特の公演です。

「新人公演」とはどういうものなのか? 初めて新人公演が上演されたのはいつなのか? 探っていきたいと思います。

宝塚歌劇の新人公演とは?

新人公演は宝塚大劇場、東京宝塚劇場の本公演中に1回ずつ行われる、主役から脇役(老け役)まで全て研7(初舞台から7年目)以下の生徒で演じられます。

若い生徒さん達が上級生の芝居から学び、また自分たちなりに演技を研究して舞台に上がる宝塚独特の存在ですね。

新人公演のすごいところ・・・

新人公演上演時は衣装、セット、さらにオーケストラに至るまで本公演と同じものを使用する点、非常に恵まれた環境です。

「オーケストラも新人が演奏するのだろうか?」とおっしゃる人が稀にいますが、これはノー! 本公演で指揮をされている先生、そして本公演で演奏されている音楽家が演奏しています。

例えば、ミュージカルの世界ではとても有名な、かの塩田 明弘氏が本公演でタクトを振っていれば、新人公演も同じく塩田先生が担当されます。

一点だけ違うかもしれないのは、衣装でしょうか?

こればかりは身長も含めて、明らかにサイズが違う場合は歌劇団の衣装部さんに保管されている似たような衣装の中から選ぶこともあるそうです。

演出は新人公演担当の演出家の先生がつくので、違うのは出演者と演出家のみ、ということになります。




新人公演が始まったのはいつ?

初めて新人公演が実施されたのは1958年の宝塚大劇場雪組公演『花の饗宴(うたげ)』と言われています。

新人公演のスタイルが定着したのは?

新人公演が定着し、現在のように研7以下の下級生で上演されるようになったのは1970年代後半(昭和50年代)と言われていますが、学年を限定しない状態でそれ以前も上演されていました。

例えば・・・

1974年・月組公演『ベルサイユのばら』の新人公演で主役のオスカルを演じた常花代(つねはなよ)さんは当時研9、1977年・月組公演『風と共に去りぬ』新人公演でバトラーを演じた条 はるき(じょう はるき)さんは当時研8、藤城 潤(ふじしろじゅん)さんは研9、スカーレットの世 れんか(せい れんか)さんは研8・・・

遡って調べるもっとたくさんの例が見つかるかもしれませんが、管理人・すみれ子がわかる範囲でも、以上のように研究科8年以上の生徒さんが演じることもあったようです。

今は上級生の皆さんは新人公演を全員観劇されていますね。

上述の頃は、上級生が新人公演出演者で抜けたその他大勢の芝居の中に入っていたりすることもあり、若手さんの成長を観るのみならず、そういう大勢芝居の中に入った上級生を見つけることを楽しみにするファンも新人公演を観劇していました。

↓↓2.トップスターへの登竜門・新人公演

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