宝塚日本物の雪組紹介、歴代トップスター達から次期トップ予想まで

宝塚コラム

雪組の歴史の中のトップ男役 1972年〜1990年代前半のトップ

汀 夏子

汀 夏子(みぎわなつこ)さんは、郷 ちぐさ(ごう ちぐさ)さんとのWトップ時代を経て、1972年より単独雪組トップスターに!

1962年、宝塚音楽学校入学。1964年、宝塚歌劇団に入団。50期生。首席入団。ちなみに汀夏子さん以降蘭寿とむ(らんじゅとむ)さんまで首席入団者にトップスターが生まれたいことから「首席入団者はトップになれない」というジンクスが生まれました。

宝塚歌劇団のジンクス、首席入団者はトップになれない!を破ったのは誰?

ジュンコさん(汀)は『ベルサイユのばら part2』でオスカルを演じ、当時、榛名由梨、鳳蘭、安奈淳と共にベルばら4強と言われましたが、汀夏子さんトップ時代は日本物も多く上演されていました。

初演の『星影の人』、『白鷺の詩』、『あかねさす紫の花』、『朝霧に消えた人』を始め1年に2公演ある中の一公演には必ずと言って良いほど日本物(和物)作品があり、白塗りに青天(あおてん)の鬘は見慣れた存在だった記憶があります。

 

↓↓沖田総司の汀夏子さん

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(出典:http://blogimg.goo.ne.jp/)

 




 

↓↓星影の人~沖田総司幻の青春~

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汀さんのトップ時代、今のような形で初日や千秋楽にカーテンコールはなかったように記憶していますが、ある時、幕が下りても観客が誰一人として客席を立たない日がありました。その時偶然にも観劇していたのですが、まさに「あまりにも感激して」席を立てない状態だったのだと思います。

慌てたのは生徒さんとスタッフさん。

何の準備もなく、慌ててジュンコさんが緞帳の前にご挨拶に立たれたのではなかったか?と思います。

日本物芝居の雪組が熱く燃えた時代でした。

それ以降雪組のファンが自主的に「愛雪会」と名付けた貸切公演を数回行っていました。

 




 

麻実 れい

汀 夏子さんの約8年に及びトップ時代の後を受けたのが麻実 れい(あさみ れい)さん。

当時としては群を抜いた長身で初舞台当初から脚光を浴びていました。

1968年宝塚音楽学校入学。1970年、宝塚歌劇団入団、56期生。

汀 夏子トップ時代に汀スカーレット、麻美レッド・バトラーで演じた『風と共に去りぬ』は印象に残るところですが、トップ就任後、相手役の遥くららと共に息の合った演技ではゴールデンコンビとも謳われ、このコンビで初演後、現在まで再演を繰り返してる『うたかたの恋』は宝塚の名作の一つになりました。

麻美れいさんというと洋物のイメージが沸きそうですが、この時代は日本物のショーも上演されています。

『花の舞拍子』『花夢幻』は秀逸な和物ショーでした。

 

↓↓ 元祖ゴールデンコンビの麻美れい&遥くらら

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(出典:Twitter))

↓↓うたかたの恋 麻実れい&遥くらら 1983年

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遥くらら退団後は、特定の相手役と組まず、1985年『花夢幻/はばたけ黄金の翼よ』で退団。その後は舞台女優として活躍。

 




 

一路真輝

麻実 れいさんの退団公演『はばたけ黄金の翼よ』では、娘役として麻美の相手役を務め、その後、平みち(たいらみち)さん杜けあき(もりけあき)さんの時代を経て、雪組トップとなった一路 真輝(いちろ まき)さん。

1980年、宝塚音楽学校入学。1982年、宝塚歌劇団入団。68期生。

一路 真輝さんといえば、自身の退団公演で、今年初演から20周年を迎えた『エリザベート』初演でトートを演じたことでも有名です。

一路真輝さんも下級生時代からトップ時時代を含めて、芝居の雪組で和物ショーや再演も含めた数々の日本物作品に出演しています。

『天守に花匂い立つ』、『大江山花伝』、『宝塚をどり讃歌』、『たまゆらの記』、『この恋は雲の涯まで』、『宝寿頌』、『忠臣蔵〜花に散り雪に散り〜』、『雪之丞変化』、『あかねさす紫の花』など。

 

↓↓ エリザベート・トートの一路真輝

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↓↓1996年 雪組初演エリザベート最後のダンス

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↓↓3.雪組の歴史の中のトップ男役 1990年代後半〜2000年代以降

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