宙組公演『白鷺の城/異人たちのルネサンス』をより深く楽しむためのお勉強講座

スポンサーリンク

『白鷺の城』登場の陰陽師・幸徳井 友景について

幕開きの江戸時代で真風涼帆さん演じる幸徳井 友景(こうとくいともかげ、または、かでいともかげ)は、安倍晴明の末裔とされています。

え?苗字ちがうじゃんって?

安倍晴明は西暦1000年前後の平安時代の人。

幸徳井 友景は1600年頃、徳川家光あたりの時代の人です。

友景の属する幸徳井家をさかのぼると、初代当主の友徳が安倍家の血筋を引いていますので、幸徳井 友景にも安倍家のDNAは流れているということになります。

陰陽師は政府に属する重要な官職なので、神様に仕える身であってもやっぱり権力争いは勃発します。

陰陽師の中でも与党になりたい一族同士の争いは常にあったようです。

そんな中、幸徳井家が始まって初めて陰陽師の中でのトップに立ったのが友景。

その後も2代あとまでトップに立ち続けますが、その後は日の目を見ず。

安倍泰成と妖狐の対決の伝説『玉藻前(たまものまえ)伝説』をモチーフにした作品とはいえ、『白鷺の城』での主人公は一応、幸徳井 友景。

幸徳井 友景はWikipediaにも単独ページがないので、ちょっとマニアックな人物です。

なぜ大野先生はこの幸徳井 友景を主人公に据えたのでしょうね?

ちなみに、幸徳井 友景と同じ場面に出ている宮本無三四(宮本武蔵)は同じ時代に生きた人物。

しかし、寿つかさ組長演じる明覚は安倍晴明の時代の明覚を指しているのだとしたら時代が合わない…

大野先生が想定している明覚はどなたなのでしょうね。

スポンサーリンク

『白鷺の城』元ネタの『玉藻前伝説』とは

幸徳井 友景が「夢を見た」と言って、その夢の回想として場面転換、時代は平安時代に移り、宝塚の和モノショーには定番の「チョンパ」で観客を惹きつけます。

実際は「チョン!」の音がないのですが、宝塚ではこれもチョンパと呼ぶようです。

どうせならチョン!と鳴らしてくれれば良かったのに~。

大野先生、鳴らさなかった理由は何ですか~?

ここで、真風涼帆さんは安倍泰成(あべのやすなり)となって登場します。

安倍泰成は安倍晴明の6代ほどあとの子孫。

あまり詳細については分かっていないのですが、『玉藻前伝説』で名前が知られている存在と言っていいようです。

では、星風まどか(ほしかぜまどか)さん演じる『玉藻前』伝説とは、一体どんな内容なのでしょうか?

妖狐の正体を持つ玉藻前は、鳥羽上皇の(上皇なので天皇を譲位したあとの位)寵姫として有名だった藤原得子(ふじわらの なりこ)(1117年-1160年)がモデルとされています。

父から溺愛され、鳥羽上皇からも寵愛を受け、院号(称号名)に「美福門院」という名をもらったということで、大変な美貌の持ち主であったと想像できます。

しかも、その博識ぶりも秀でていたようで、美貌に加えた聡明さも男性陣からの愛情を引き寄せたように思います。

『白鷺の城』では、鳥羽上皇のような役を凛城きら(りんじょうきら)さんが演じていますね。

しかし、玉藻前自身は異例の出世をしていくのに反して、鳥羽上皇はなぜか病に倒れることが多くなり、医師もその原因が掴めないという状況に。

そこに「これは妖狐の仕業である!」と登場するのが陰陽師の安倍泰成。

呪文を唱えるとたちまち玉藻前は狐に姿を変え、その場から脱走。

その後、栃木県の那須のあたりで婦女子をさらう事件が頻発し、安倍泰成を中心に討伐軍が向かう。

スポンサーリンク

ここで『安倍泰成 VS 玉藻前』戦のゴングが鳴る。

勝利者は安倍泰成で、妖狐を巨大な毒石に変えたが、その石は近づく人間や動物の命を奪うようになったそうな。

純矢ちとせ(じゅんやちとせ)さん、瀬戸花まり(せとはなまり)さん、天彩峰里(あまいろみねり)さんがキツネ耳をつけて銀橋に出てきて、大きな岩に向かって

「玉藻前さま~!」

と呼びかけていますが、これがその毒石だと思われます。

那須の村人たちはこの石を『殺生石』と名付けて恐れていたそうで、なんと実際に那須にその殺生石は存在します。

聖書なんかもそうですが、「どうせおとぎ話でしょ~?」なんて、科学ではあり得なさすぎるお話の中に、こうしてそのお話に関連する場所が今も残っているとなんだか急にリアルに感じますよね。

確かにこういう伝説の類は、支配者の正当性を高めるためにのちに創作・脚色されたものだということは分かってはいるんですが、逆に言えばそれが完全な嘘であると証明する術もないわけで。

その「今となっては確かめようがない」というグレーな感じがロマンなんですよね。

この玉藻前伝説に登場する人物はほとんどが実在の人物のようですし、少なからず史実は織り込まれているということです。

妖怪退治という分かりやすいこの伝説の大元は、中国の古代王朝「殷(いん)」(紀元前1100年頃)にまで遡ります。

殷王朝の最後の王、紂王(ちゅうおう)の妃、妲己(だっき)に端を発しているそうな。

『白鷺の城』は和モノショーですが、中国のこの場面もしっかり盛り込まれています。

紂王は妲己を溺愛し、言いなり状態だった様子。

妲己は9つの尾をもつ狐の化け物であり、この中国の場面では星風まどかさんはふわふわのキツネの尻尾のようなものが9つついたドレスを着て、場面最後に星風さんがせり上がる背後のLEDスクリーンにも9つの尻尾が揺らめいています。

スポンサーリンク

View this post on Instagram

Maさん(@mayo8810)がシェアした投稿

このときの真風さんは、吉備真備(きびのまきび)という人物。

こちらも実在の人物で、中国に長く滞在し、日本に中国の学問などを輸入したすご~い人です。

聖徳太子とかの時代の人なので伝説的なエピソードが多く、中国からの帰りの船にこの9つの尻尾を持った妖狐を乗せていたと言われています。

この妲己は、あの葛飾北斎も題材として描いています。

北斎も関心を寄せていた人物をいま私たちが宝塚の舞台で観ているって、なんだか不思議な気分ですね。

ちなみに『酒池肉林』という言葉はこの紂王と妲己から誕生しています(;^ω^)

↓↓3.松本先生のお役って…一体何なの??

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする